シニアのための自分史講座

第六課 感動させる文章

小さな体験を大切に

 原稿の構想を練るとき、すでに何回も強調しましたが、あまり大上段にかまえないことです。日常の小さな体験、経験を大切にし、そこに自分を投影させることです。


 わたしの作品から日常体験の例題とします。

 

「踵についた霊」             

 テレビを見ていて怒り心頭になるのが、朝の「今日の星座・占い」である。

 毎朝、誕生月の星座によって運、不運を占ってみせる。星座によって今日の金運、運のつく色、事故などを教えてくれる。


 しかし、日本人一億人がいるのに一二か月=一二種類に分類して占って当たるのか。どう考えても科学性がないし、これが多くの視聴者に人気だというから、不思議な現象だ。


 同じようなことに、心霊現象やUFOの賛否番組もあるが、ここでは早稲田大学の大槻教授がエセ信者をこてんぱんに撃破してくれるから、笑って見ていられる。

 わたしは心霊やUFOなどを信じない、根っからの無神論者である。

 

 夏の暑い日、葬式があった。

 冠婚葬祭のうち、けして葬祭を疎かにしてはならないと教えられてきたので、遠縁だったが横浜まで通夜に出かけた。


 駅に着いて間もなく、足元の具合が変だ。靴の踵の着き具合がおかしい。人通りを避け、右の靴を脱いでみると、踵部分が半分近くはがれている。今朝、出かけに磨いたときには何でもなかったし、会社を出るときも異常はなかった。


 これではどうにも歩けない。へたをすると踵全部が取れかねない。近くのコンビニにかけ込み、とりあえずの応急処置に「ビニール適応」の接着剤を買った。体重をかけて圧迫し、どうにか付いているようなので一件落着したと思った。


 通夜もすみ、津田沼駅に着いたのは夜一〇時をまわっていた。お清めに出されたビールはバイクに乗って帰るため、今はやりのノンアルコールで我慢した。


「のどが乾いたな、早く帰って一杯飲もう」

と、また足元が異様だ。


 今度は反対の左だ。さきほど買った接着剤が残っていたが、もう駐輪場が近いので、違和感はあったが歩きつづけた。


 カポッ、クポッ、カッポ、クッポ。歩くたびに踵は異音を鳴らし、とうとう、ゴボッという拍子で靴底全体が取れてしまったのだ。周囲には帰宅の人通りがあったが、ここで靴の修理も恥ずかしい。靴底はとんでもなくなっているだろうと想像できた。


 ようようのことで自宅に着いて靴底を見ると、踵ばかりでなく、底全体が皮一枚になっていた。もう、靴という体を成していなかった。それも両足ともである。

 

 日頃の健康のためにスポーツジムに通っている。土日を中心に週三、四回は汗を流している。ストレッチにはじまり、ウエートトレーニング、腹筋、背筋、スイミング、エアロバイクと約二時間。これは持病の腰痛対策として医者の勧めでもある。


 通夜の翌日、このときも夜だったが、ひと汗かきにジムへ行った。いつものように体を解してから、エアロバイク(自転車)に乗ろうとしたらスポーツシューズがペダルに引っかかってしまった。


「あれ、何かついているのかな」

 下をのぞいてみると、まだ、そんなに古くないスポーツシューズが昨日の通夜と同じく、踵がスッポリとれそうだった。


 エアロバイクは三〇分の稼働だが、踵がなくてもペダルは漕げたので、何度も足元を気にしながら最後まで汗をかきつづけた。何台も置いてあるテレビは、ドラマやお笑い番組が映されていたようだったが、この日ばかりはほとんど目にはいらなかった。


「昨日といい、このスポーツシューズといい、今まで一度もなかったのに連日、起きるとは何の兆候なのだろう」

 

 人は死後四九日まではこの世に留まり、あの世との中間をさまよっていると坊主の説教で聞いたことがある。もしかすると、横浜の葬儀でわたしに何かの霊がついたのだろうか……。


 無神論に少し自信のなくなったわたしは、娘にこの話をすると、

「あら、まあ。靴はね、しばらく履かないと弱くなるんだって。ずいぶん、使っていなかったんでしょう」


 あっさり笑われてしまった。

「ああ、靴が恐い」

(同人誌より転載)

 

プロを越える秘密

 プロの作家にも勝るとも劣らない文章を書けたらいいなといつも思います。ここに一つの例を紹介します。


 ずいぶん前の経験ですが、一人の障害者から手紙をもらいました。彼の障害はとても重く手紙も書けませんから、実際は彼の先生の代筆でした。


 梅村淳君、当時二〇歳、岐阜県中津川市在住の重度脳性マヒ。
 
「彼が毎日、綴っている日記をどうにか本にならないか」と担任の先生からの相談。
 車イス生活、話すことも書くことも、もちろん歩くこともできません。わずかに動く左手でワープロを打って日記をつけていました。


 結果を先にお伝えします。


 
『がんばるの火』という詩集になった彼の作品から紹介します。

 

 「給 料」

  3時20分にお金をもらった
  うれしかった
  1万8000円もらった
  母さんに服をかってあげた
  父さんにくつしたをかってあげた
  おばあさんにくつしたをかってあげた
  修につくるおもちゃをかってあげた
  ぼくのお金でかってあげた

 

 みなさんはこの詩を読んでどんな感想を持ちましたか。


 わたしは編集した当時も、いま読み返してもとても感動します。感動とは説明しにくいのですが、まっすぐに向いた家族への目、飾らない表現、うれしかった素直な気持が伝わってきます。


 子どもたちが書く作文や詩などにも作家には、とても及ばないだろう作品に出会うことがあります。


 何がそんなに読者を感動させるのでしょうか。いろいろ考えられるでしょうが、わたしは思います。


 作者しか経験したことのない話、体験。みなさんには戦争や戦後の悲しさ、貧しさがたくさんあるでしょう。昭和の経済成長を支えた仕事での努力、苦労。そうです、あなたにしか書けない体験談を思い出してください。


 そして、けして技術だけに頼らないストレートな表現、描写をていねいに詳しく書く重要さです。

 

エピソードをたくさん

 人生を長く生きてきたみなさんは、それだけ多くの体験をしているので、そのことはけしてマイナスではなく、むしろ他人にして追随できない特色です。この体験を特化させ、エピソードとして書きたいものです。


 自分史でも小説でもドキュメントでも、感動するのは他人が体験したことのない出来事、知らなかった現象、普通の人では経験できないこと。珍しいことと一言でいえますが、作者しか知らないエピソードといってもいいようです。


 くりかえしになりますが、こうしたエピソードは自分史のヤマ(主題)になりますから、詳しく、ていねいに、強調することが大切です。


 小さいときに体験した貴重な家族とのトラブルや喜び。学校時代の友情、恋、嫌いだったり好きだったりした学校の先生の思い出。育った町や村にしかない行事、風習。誰にも負けない特技やスポーツ。こうして数えれば、誰でも一〇や二〇はあるでしょう。ここから具体的に書き始めます。


 いい文章とは、感動する内容だといいました。感動することは、自分しか体験したことのないものとも書きました。いい文章に分野や種類のちがいはないと思います。自分史、小説、随想から詩や短歌などの短詩形まで人を感動させるものは共通しています。

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