踵についた霊

 テレビを見ていて怒り心頭になるのが、朝の「今日の星座・占い」である。

 毎朝、誕生月の星座によって運、不運を占ってみせる。星座によって今日の金運、運のつく色、事故などを教えてくれる。

 しかし、日本人一億人がいるのに12か月=12種類に分類して占って当たるのか。どう考えても科学性がないし、これが多くの視聴者に人気だというから、不思議な現象だ。

 同じようなことに、心霊現象やUFOの賛否番組もあるが、ここでは早稲田大学の大槻教授がエセ信者をこてんぱんに撃破してくれるから、笑って見ていられる。

 わたしは心霊やUFOなどを信じない、根っからの無神論者である。

 夏の暑い日、葬式があった。

 冠婚葬祭のうち、けして葬祭を疎かにしてはならないと教えられてきたので、遠縁だったが横浜まで通夜に出かけた。

 駅に着いて間もなく、足元の具合が変だ。靴の踵の着き具合がおかしい。人通りを避け、右の靴を脱いでみると、踵部分が半分近くはがれている。今朝、出かけに磨いたときには何でもなかったし、会社を出るときも異常はなかった。

 これではどうにも歩けない。へたをすると踵全部が取れかねない。近くのコンビニにかけ込み、とりあえずの応急処置に「ビニール適応」の接着剤を買った。体重をかけて圧迫し、どうにか付いているようなので一件落着したと思った。

 通夜もすみ、津田沼駅に着いたのは夜一〇時をまわっていた。お清めに出されたビールはバイクに乗って帰るため、今はやりのノンアルコールで我慢した。

「のどが乾いたな、早く帰って一杯飲もう」

 と、また足元が異様だ。

 今度は反対の左だ。さきほど買った接着剤が残っていたが、もう駐輪場が近いので、違和感はあったが歩きつづけた。

 カパッ、クポッ。歩くたびに踵は異音を鳴らし、とうとう、ゴボッという拍子で靴底全体が取れてしまったのだ。周囲には帰宅の人通りがあったが、ここで靴の修理も恥ずかしい。とんでもなくなっているだろう靴底は想像できた。

 ようようのことで自宅に着いて靴底を見てみると、踵ばかりでなく、底全体が皮一枚になっていた。もう、靴という体を成していなかった。それも両足ともである。

 

 日頃の健康のためにスポーツジムに通っている。土日を中心に週3、4回は汗を流している。ストレッチにはじまり、ウエートトレーニング、腹筋、背筋、スイミング、エアロバイクと約2時間。これは持病の腰痛対策として医者の勧めでもある。

 通夜の翌日、このときも夜だったが、ひと汗かきにジムへ行った。いつものように体を解してから、エアロバイク(自転車)に乗ろうとしたら靴がペダルに引っかかってしまった。

「あれ、何かついているのかな」

 運動靴の下をのぞいてみると、まだ、そんなに古くないスポーツシューズが昨日の通夜と同じく、踵がスッポリとれそうだった。

 エアロバイクは30分の稼働だが、踵がなくてもペダルは漕げたので、何度も足元を気にしながら最後まで汗をかきつづけた。何台も置いてあるテレビはドラマやお笑い番組が映されていたようだったが、この日ばかりはほとんど目にはいらなかった。

「昨日といい、このシューズといい、一度もなかった踵の破れは何の兆候なのだろう」

 人は死後49日まではこの世に留まり、あの世との中間をさまよっていると坊主の説教で聞いたことがある。もしかすると、横浜の葬儀でわたしに何かの霊がついたのだろうか……。

 無神論に少し自信のなくなったわたしは、娘にこの話をすると、

「あら、まあ。靴はね、しばらく履かないと弱くなるんだって。ずいぶん、使っていなかったんでしょう」

 あっさり笑われてしまった。

「ああ、靴が恐い」

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