歌人・松本千代二の回想

 森岡容子さんが自らの師・歌人で「存在」主幹者だった松本千代二を偲んでまとめた回想。松本千代二は歌壇でも高く評価された歌人だったが、気風や人つきあいが一般的でなかったのか、作品ほどには知られていない。
 作者は師の作品や自分の作品を引用しながら、文学に対する真剣な関わりを求めつづけた松本千代二の世界を見事に伝えている。短歌や俳句の世界が、とかくすると、広く読者を獲得できない独自の文壇になりがちだが、こうして一人の指導者を紹介しながら短歌の奥深さを描いてみると、新しい眼が拓けてくるようだ。

 作者は早く夫を亡くしたり、新聞販売店を女手ひとつでやりくりしたりと人生の流転を描きながらも、師の短歌に臨む姿がいかに真摯であったかを強調している。
「歌ではない、ぬただ」
「作歌するということは、道楽や風流ではない。激しい時代の苦難に満ちた社会の中で、人間として人間らしく生きようとする営みの生み出したものだ」
 こうした松本の声は、社会進歩と民主主義を指向する民主文学と同じであり、だから水野昌雄や新井章といった名だたる評論家に高い位置を与えられていたのだ。中央歌壇では無視されていても、見ている人が少なくても、後世に残る作品と人ひどを育てた松本千代二から学ぶことは多い。
 わたしたちが自分の世界だけに留まれば、知られざる文人や社会人からも学ばなければ「井の中の蛙」に陥りかねないし、幅広い文学・文化のおもしろさを知り得ない。

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コメント: 1
  • #1

    横江 (木曜日, 03 3月 2022 03:44)

    私は松本千代二の孫です。インターネットで検索してこの回想にたどり着きました。記憶には残っていないのですが、こちらの回想を読んで人物像を伺い知ることができました。私が祖父を良く知らないというのもこちらの回想に書かれたことが原因だと思います。家庭も円満というわけでは無かったとようです。こちらを読んで作品の評価が高いというのは何となく誇らしげに感じました。インターネットの検索の思わぬ恩恵です。

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