文章は生きる糧に

極寒の地からの手紙

 長年の編集経験を生かして地元で何かできないか、と、考えて始めたのが「ちば(ふみ)倶楽部」という会です。セミプロの人もいますが、ほとんどは初心者。

 さる日、まさに地元で自然保護運動の小さな講演会があり、講師の辰濃和男氏にひかれて会のメンバーと参加しました。朝日新聞「天声人語」を長く担当した著者として有名ですが、この日は都郊外にある高尾山の自然を守る話でした。こんな著名なジャーナリストが、裁判に加わってまで自然保護活動に参加している驚き。

「地元で文章教室をやっている者ですが、作家やジャーナリストの方は書くことはあってもなかなか行動に立ち上がらない。井上ひさし、本多勝一、雨宮処凛さんらは行動派だが、辰濃さんはどういう気持ちで裁判などに参加しているのか」

 わたしの質問は自然保護とかけ離れているようでしたが、めったにない機会、大先輩にぶつけてみました。

「たしかにジャーナリストは中立でなければならない。しかし、どこに対して中立なのかもあいまいだ。自分が書いた内容が正しいかどうか、行動してみないとわからないことがある。だから、可能な限り国民の立場で検証したい」

 おおよその回答だった。

 会社でも「やさしい文章教室」をやっています。担当のわたしに一通の手紙が届きました。

「文章教室の案内を見つけて3年ばかりたちました。勇気をふるいたたせ、指導をお願いします。私は開拓農婦、78歳です。夫は『農業で飯を食っていくだけでも困難な今の時代に、書きものをするなどぜい沢、もっての外だ』と言います。だから添削指導、返信くださる時は先生の個人名でお願いします。私は日本一のワーキングプアなのですが、1000円ならお支払いできます。郵便局まで2キロに住んでいますから、局まで行くのにままなりません。夏は自転車です。冬季は積雪のため倍以上の時間をかけて歩きます。(中略)今の私がペンや紙をもつことは、大阪城の石垣を動かすほどむずかしいことなのです。私は今まで学校の作文以外に文章など教わったことがありません」

 手紙と一緒に返信用の封筒が、きちっと切手を貼って同封されていました。

 地元の文章の会や会社での講座でたくさんの人と学んできましたが、この手紙を受けとった衝撃は書き表わせません。

 もしかしたら、夫婦で粗地を開墾して働いてこられたのだろうか。北海道長万部はどのくらいの極寒なのだろうか。過疎化で離農がつづくという地で何を作られているのだろうか。郵便局も遠いようだが、買物や病院(手紙のメモには病院の待合室で書いたとある)はどうなのだろうか。お子さんはいるのか、同居しているのだろうか。

 何よりご主人が反対しているようなので、会社の名前をしっかり消して返信しました。

「文章を書くのにうまい、下手は関係ありません。これまでのたくさんの人生をゆっくり振り返って書いてください。文章、文学、芸術はあなたのように生きていく人のための糧として生まれ、あるのですから」

 

 著名なジャーナリストが謙虚に自然運動にも参加し、書くことと行動することを示唆してくれました。地元での会にも初心者が多く、書くことに四苦八苦しているのですが、この手紙の方を思えば、書くことにまだまだ甘い自分たちだと考えさせられたのです。

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