「やさしい文章教室」執筆の手引き

〈身近なことをテーマに〉

 文章における起承転結で何が重要か。「何が書きたいのか」という、結論の「結」です。自分の言いたいこと、主張は何か。


 「雲雀とギャンブル」では、自然豊かな場所にギャンブル場はいらない、が主張「結」です。しかし、こうした主張を冒頭に書くのは能がありません。政党のチラシになってしまいます。


 「書き始めの3行を読めば、その作品の良し悪しがわかる」と言われますが、「結」と同じくらいに重要なのが、書き始めの「起」でしょう。この「起」は、主張である「結」のテーマとできるだけ違った事柄、内容がいいと思います。できれば真逆の書き出しがいいのですが。「起」と「結」が離れていればいるほど落差が大きいので、読者にとっては意外だと思うのです。


 これでわかるように、雲雀とギャンブルはまったく違った言葉ですし、ちょっと想像しにくい「起」と「結」の関係だと思います。


 ショートショートで名を知られた星新一さんの短篇は実に見事な、逆転の発想がたびたび登場しますので、ぜひ読んで勉強してみてください。


 起承転結のつづきとして、さらにエッセイを書きました。少し長いのですが、実践編として参考にしてください。

 

 〈「金魚掬い」

 「坊や、うまいね。これじゃ、商売あがったりだな」
 昭和がまだ30年代初頭、戦後の足跡を色濃く残していたころ、近くの神社では盆踊りや祭りに露店がたくさん並んだ。


 金魚掬いが得意だった同級生の越前谷潔くんは、小さなアルマイトの入れものに溢れるほど取って、いつも露店商泣かせだった。彼とわたしはいつも一緒だった。


 下町、江東区の母校小学校は創立100年を迎えていたが、木造の廊下は黒光りしていた。当時として珍しい25mプールはコンクリートの打ちっぱなしで、戦後、隣接していた工場から寄付されたという話だった。


 越前谷くんは「坊ちゃん刈り」という頭で、前を少しカーブさせた髪型だった。坊主刈りの小学生もいたが、主流は「坊ちゃん刈り」だった。貧しかった家の子は、坊主刈りのほうが安く長持ちしたから、「坊ちゃん刈り」はなかなかさせてくれなかった。どういうわけか、どこよりも貧乏だったわたしが「坊ちゃん刈り」だったのは、越前谷くんの影響かも知れない。


 「何度も見舞いに来てくれてありがとうございました。潔が昨日、亡くなりました」
 電話の向こうから女性の沈んだ声が聞こえてきた。
 越前谷潔くんは肺ガンに侵され、闘病していたから心配してしていたのだが、見舞うたびにやせ衰えていくのがわかった。


 「抗ガン剤で一時は病巣が小さくなりかけていたから、回復してくれればと思っていたのですが……。還暦を迎えたのに」
 声の主だったお姉さんの知らせは、わたしをさらに暗い心持ちにさせていった。


 潔くんとの再会は、小学生のときから50年近くたっての交際だった。ずいぶん長い間、交信がなかったのだ。それでも再会をきっかけに、彼が闘病している間、わたしは越前谷くんを何度か見舞った。しかし、病室はとても暗く重い。冗談の苦手なわたしは、必死でふんいきを変えようと冷や汗をかいた。そして、言った。


 「小学生のとき、越前谷くんはどんな女の子が好きだったの?」
 「えっ、……」
 越前谷くんは一瞬、驚いたような顔をしたが、昔の初恋の話には何の反応も見せなかった。


 入院、ましてやガンと闘っている病室のふんいきを、少しでも明るくしたいという配慮は空ぶりに終わり、静まりかえってしまった空気にわたしは焦った。


 「ほら、学校の近くにいた愛ちゃんなんか、人気あったよね。俺はそうだな……」
 とっさのことで誰でもよかったのだが、たしか愛ちゃんという女の子は、頭がよくて人気者だった。
 しかし、越前谷くんの返事はなかった。すでにガンで気力がなくなっていたのか、冗談を言えるほどの余裕がなかったのか。


 浅田次郎原作のTVドラマ「椿山課長の7日間」を見た。
 西田敏行演じる課長が突然死し、あの世から初7日まで現世に還ることを許され、別人になってこの世に戻ってくる、SF風仕立てのドラマ。姿を変えた彼に、現世の家族は気がつかない。


 そこで課長(西田)が見たものは、女房が自分の部下と死後すぐに同居し、さらに自分たちの結婚前から、部下と女房は付き合っていた事実を見てしまったのだった。自分の子も部下の子だったという奇想天外な話。あくまでもテレビドラマの話。


 還暦を迎えたわたしは、死のことをよく考えるようになった。
 小説『親鸞』(林太郎著)を出版して、それまでの宗教観を少し見直したが、無神論には変わりない。戦国時代、名誉や権力と結びついていた各宗派と違って、親鸞は法然の教えどおり「南無阿弥陀仏と唱えれば、誰でも極楽浄土に行ける。身分や地位に関係なく信ずる者は救われる」と説いた。


 わが家の菩提寺住職は、口癖のように説く。
 「供養というものは、死者にだけあるものではない。むしろ、残された者への励ましでもあるのだ」


 たしかに、葬式や初7日、49日、お盆などの供養が死者に届いているかどうか、先のテレビドラマの西田敏行扮する人に聞いてみないとわからない。が、一連の供養が、遺族や親類など残された人たちに、どれだけの励ましになるかわからない。


 越前谷くんは、もしかすると初7日まで、あのドラマのようにわたしを見ていたのだろうか。
 「金魚掬いをまたやろうな」と、言っていたのだろうか。

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